プログラミング

転職エージェントからエンジニアに転職する理由

どうも、ブシトラです!(@busitora)

この記事では、僕が人材業界を志した理由と、エンジニアに転職する理由を詳細に示す。

かなり長文になるので、時間のある時に読んでほしい。また、人材業界からエンジニアに転職しようか悩んでいる人には是非読んでほしいと思っている。

人材業界に入った理由3つ

人材業界に入ろうと思った理由は3つである。

  1. 父の自営業からサラリーマン転職
  2. 海外留学、南米バックパック経験
  3. 母の非正規雇用

学生時代の経験が主にメインである。

父の転職による価値観の変化

僕の家のバックグラウンド

僕の家は、貧乏でもお金持ちでもない、ごく普通の家庭だ。僕は私立の高校、大学を出ているし、弟は医療系の専門学校に通っている。(僕も弟も奨学金を沢山借りたが)

世の中には大学に行けない人、奨学金を借りずに大学に行ける家庭もあるかもしれないが、主観だと中の下といったところだと思う。

父と母が言葉の通り死に物狂いで働いてくれたおかげだ。本当に頭が上がらないし、早く稼げるようになって親孝行したい。

父の働き方 借金2億+α

父は、自営業だった。(後に過去形の理由を話す)しかも、祖父が残した2億の借金持ち。借金した理由は、都内にビルを建てたから。(営業マンに半分騙された感じ)

今は借金は返済し終わっているが、当時の父は本当に馬車馬のように働いていた。リビングデットといったら言葉は悪いが、本当に死んだほうがマシなんじゃないかってくらいに働いていた。

自営業のいいところは、自分のペースで働けること。つまりそれは、人を無限に働かせてしまうことにもなる。高校生くらいまでの僕の父の記憶は、ずっと働いているイメージしかなかった。働くことに関心(悪い意味で)を覚えたのもこの時である。

僕が大学生くらいになったころ、借金を全て返し終わった父は安堵し、「これでビルの家賃収入で暮らせる。。長かった。」と言っていた。

しかし、、、ビル全体が老朽化し(かなり昔に建てたため)、補修費に約4000万かかると判明。

借金2億を返し、やっと豊かになれると思った矢先に、絶望の縁に落とされたのである。

その時の父は、40代後半で、体もボロボロ。ここから4000万必要となっても、もう馬車馬のように働くのは体力的にも精神的にも限界だった。

そこで考えた戦略が、ビルと土地を売り、計画倒産するというものである。父は無口なので母づてでしか聞けなかったが、借金を0にし、かつ数千万手に入るという方法だったらしい。(そのビルは誰もが知る一等地(渋谷から5分くらい)で、価値がバク上がりしていたらしい)

祖父のビルが父のものになり、いつかは自分のビルになって、家賃収入でウハウハやん。と思っていたので、控えめに言ってかなりショックだった。

それよりもショックだったのが、父が部屋にこもって無言で悲しんでいたことだった。

祖父の死、口座凍結

結果、ビルを売払い、数千万を手にすることになる。その数千万は祖父の口座へ。

ちょうどそのタイミングで、祖父が他界。足を滑らせて亡くなった。まさかの出来事である。人って簡単に死ぬんだな、と思った。

数千万が入った口座と祖父の他界。タイミングが悪い意味で良すぎて、言葉で見ると保険金殺人みたいに聞こえてきそうだ。。。

と思っていたのは僕だけじゃなかった。そう、警察。

上記の修理費等の事情を説明しても理解してもらえず、口座は凍結。更に、父が祖父を殺したんじゃないかと疑われたらしい。これには父親も激昂し、警察の胸ぐらをつかんで殴りそうになったらしい。

父親が亡くなり、口座は凍結され、殺人の疑いまでかけられたら、誰だってキレるだろう。書きながら今でも腹が立ってくる。

数千万は凍結されたとなると、僕と弟の学費が払えない。いくら奨学金があるからって、焼け石に水だ。

父、自営業から、サラリーマンになる

結果的に、父は転職を余儀なくされる。

働かなければ僕も弟も学校を辞めざるを得ない。僕も弟も、学校を辞めて働くことを覚悟したが、父は、「なんとかする」の一点張り。漢を見た。本当にこの頃は金銭的に家庭がごちゃごちゃだった。

父は、自営業といっても、1つのことをとことん突き詰めていたのではなく、時代に合わせて事業を変えて経営していた。職種は複数あるので省略する。

父は、いい意味で時代の変化に乗れる人材。裏を返せば、専門性がない人材とも言えてしまう。。

40代後半の特化したスキルがない人材を、社会が必要としてくれるか?

ご想像の通りである。父は、面接結果や進捗は言わなかったが、当時の僕は大学生。流石に結果は雰囲気で分かる。

今でも、この時の父の心情を想像するだけで涙がこぼれてくる。祖父の残した借金2億を払って、また借金って。父が何をしたって言うんだ。

結果的になんとか就職先を見つけることに成功する。しかしながら、40代後半からのジョブチェンジであるため、やはり労働環境、給与面もひどい。源泉徴収票を見る機会があったが、目を疑う給与の低さだった。あの時の悔しさを、僕は一生忘れることはないだろう。

以上が、僕が働くことに関心を持った1つ目の理由である。

留学経験による日本の労働への違和感

大学生の僕は、旅行、英語系の学部に進んでいた。

理由は、高校のときに洋楽にハマったからだ。いかにも短絡的である。笑

大学1、2年は真面目に授業を受け、サークルに通ったり、ごく普通の大学生活を送っていた。大学2年くらいになったころ、気づく。

「あれ、このまま大学4年生になったら何にも残らなくない??」と。

美女と一緒で嬉しそうな僕 at カナダ

結果、お金を頑張って貯めて、留学に行った。場所はカナダのトロント。 

留学では、英語力はもちろん、ひとり暮らしや異文化理解、色々学べて本当に行ってよかった。中でも記憶に残っているのが、

「日本人の働き方が、全然幸せそうじゃないな…」ということである。

僕の父を見て育ってきていてバイアスがかかっているのも多少はあると思うが、日本で働いている人と比べて、外国の人はのびのびと働いていた。(今思うと、そう思いたかったのかもしれない)

中でも、初めてのバックパックに行った南米旅行では、かなり衝撃を受けたのを覚えている。

ウユニ塩湖にて。ここを超える感動に出会えるのだろうか

南米は日本より経済的に貧しいはずなのに、日本人よりも幸福度が高そうに見えた。

何より、子供の目がキラキラしていたのが鮮明に脳裏に焼き付いている。

一回の旅で価値観が変わるのは、それまで薄っぺらい人生を生きてきた証拠。とどっかのインフルエンサーが言っていたが、クソくらえだ。

働くってなんだろう?と考えるきっかけになった旅である。

帰国後、専攻である旅行系の仕事に就くことは選択肢から外れてしまった。理由は、旅は旅行会社に斡旋するより自分で切り開くほうが楽しい。と確信したからだ。

留学にいった自分は褒めたいが、旅行系の学部を選択した僕はやらかしていたと責めたい。笑

これが、2つめの働くことに関して興味を持った理由である。

非正規雇用になるとキャリアが開けない

父親と僕の話ばっかりになってしまったが、僕にも当たり前だが大好きな母がいる。

母は、大学卒業後に正社員にはならず、派遣社員になっている。理由は割愛する。父と30手前で出会い、結婚し僕を授かった。

保育園に入るまでは、借金はあるものの父の自営業がいい波に乗っていて、母が専業主婦でも食っていけるような状態だったらしい。

母は、僕が3、4歳頃までは育児に専念し、保育園に入ると同時にパートタイムで働くようになる。

母親も正規雇用経験がないため、正社員で勤めることは叶わなかった。ましてや、2人の子供を持つ正社員経験がない主婦を、企業が雇いたがらないのが無慈悲だが現実だ。

4つ下の弟を授かると、更に母は働くようになる。将来的に学費がかかってくるからだ。週5回働き、僕と弟の育児や家事、さぞかし大変だったと思う。

それから現在まで、ずっと母はパートで働いている。職種は変えることはあったが、ずっと働いているのだ。いつ倒れてもおかしくない。というか一回病気になって倒れた。今は元気だが。

一度非正規雇用になると、キャリアは閉ざされ、レールから外れるのが日本だ。もちろん、スキルがあれば復活することも出来るだろう。

やむを得ない事情で、自営業から正社員、パート、派遣社員、無職、フリーターになることだってあるだろう。

自業自得だといえばそれで終わりだが、日本は働ける人材を活用しないでどうするつもりだろう。そろそろ、働き方改革を会社がするべきなんじゃないのか。政府を頼りにしていたら自分が年老いてしまう。

終身雇用と新卒史上主義、僕が今一番変えたいと思っている常識である。

これが3つ目の理由である。

エンジニアになりたい理由3つ

エンジニアになりたいと思った理由は主に3つある。

  1. 人材業界で働くよりも訴求力が大きいと気付いた
  2. 長期間働く際に、エンジニアという職業が魅力的
  3. エンジニアと人材業界の参入障壁が違う

人材紹介よりも訴求力が大きい

新卒で人材業界に足を踏み入れたが、結局は半年程で退職を選択する。理由は、

人材業界で1人ずつ転職支援をするよりも、WEBサービスを通じてサポートしたほうが、影響できる人数が多いから

と考えたからだ。人材業界にも、いくつか種類があり、大きく分けると、下記3つである。

  1. 求人広告
  2. 人材派遣
  3. 人材紹介

この中で人材紹介を選んだ理由は、単価が高いので単純に営業力がつくと思ったのと、キャリアを変えたいと思っている人をサポートしたいと思ったからだ。

求人広告も人材派遣もキャリアを支えるという意味では対象に当てはまったが、父の影響もあり特に男性を支援したいと思った。※広告は転職者に直接関与しない。派遣は女性が多いため。

柔軟な働き方をしている企業が多い

自分のビジョンが「働き方を変える」というものがあるが、それ以外にもWEB系のエンジニアになりたいと思う理由はある。

  1. 市場価値が上がりやすい
  2. モダンな働き方が出来る(リモート等)
  3. 合理的な人材が多い
  4. 転勤がない
  5. IT人材自体が足りていない

これから数十年間働くことを考えると、体力的に負担がない仕事をしたいと思うようになった。

前職の営業も楽しかったが、体力の消耗が精神的にも肉体的にもかなりハードだった。また、使っているシステムが古すぎて効率がどうしても悪く、事務処理のための残業が慢性化していた。どう工夫しても改善は無理だった。

エンジニアと人材紹介の参入障壁の違い

一般的には、「新卒で入った会社は数年働け」「1年以内に辞めたらどこも雇ってくれない」と言われている。

この意見には、半分賛成、半分反対である。確かに、何にも考えなしに仕事を辞めるのはよくないと思う。精神的に病んでしまった場合を除いて。

というのも、参入障壁というのを考えた時に、早めにエンジニアになることを決めた。

例を挙げると

23歳から人材業界で働き、30歳ほどでプログラマーに転職
23歳でプログラミングを目指し、30歳で人材業界でへ転職

上記の例だと、圧倒的に後者が現実的であるからだ。人材業界は参入障壁が低く、未経験からでも参入しやすい。実際に私が働いていたときも、30歳の未経験人材が入社してきたこともあった。

逆に、未経験でプログラマーに転職するとなると、年齢を重ねる毎に難易度は上がるというのが現実らしい。

ほぼ100%、人材業界に逆戻りすることはないが、エンジニアのスキルがあればエンジニアの転職エージェントとして信頼性も担保できる。(逆に、世の中のエンジニア専門転職エージェントで、エンジニア経験がないのにしているなら引く)

新卒で入った企業を6ヶ月で辞めたけど、後悔はない

新卒で入った大企業を半年で辞めたが、一切後悔はない。もしまた人材業界に戻ろうとすれば、いつでも戻れるし、何より、特化した経験を持っていない人材営業マンほど役に立たないと考える。

前職がブラック企業(残業代出ない、根性論、飛び込み営業)だったのもあるが、控えめに言っていい選択だったと思っている。

会社を辞めるにあたって、不安もあったが、人生は長いので、やりたいことをやろうと思う。

人材業界に勤めていて転職を考えている人がいたら、何故人材業界に入ったかをもう一度考えるキッカケになればいいな。と思う。

以上が転職エージェントからプログラマーを目指す理由である。

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